第16回
平和利用衛星の墜落
あの時、日本はどう動き、どう変わったのか?
2040年1月。
軌道上で発生した大型衛星の墜落事故は、日本社会へ再び強い衝撃を与えた。
公式には「民間軌道通信支援衛星事故」と発表されている。
だが現在、多くの国民は既に、あれは単なる「民間の事故」ではないと知っている。
そしてそのことが、この連載を書き始める直接の理由になった。
事故が発生したのは、23日未明。
GOT軌道通信補助衛星の管理・接続を担っていた大型有人保守衛星が、西太平洋監視軌道上で制御不能となり、その後破散。
(※「破散」は破損散逸を意味する軍事用語。本稿では政府発表の表記に従った。)
残念ながら、複数の保守搭乗員は緊急脱出が叶わず、死亡が記録されている。
痛ましい事故ではある。
だが、あえて注目したいのは、この衛星の機能である。
- 通信支援
- 監査補助
- 軌道中継
表向きの用途はその通りだった。
もちろん政府の説明に虚偽があった訳ではない。
通信支援も、監査補助も、軌道中継も、全て実際に担っていた機能である。
これらは「確認を成立させるための社会基盤」として接続維持軍によって運用されていた。
平和利用は、もはや安全保障と切り離せない存在になっているのである。
しかし、この衛星が同時に担っていたのは
「軌道上で地表目標物を同定すること」
だった。
ここで言う「同定」とは、単なる識別ではない。
対象の所属・状態・運用権限を照合し、その行動を許容できるかまで判断する一連の行為である。
そのため衛星は、
- どの物体が誰のものか
- どこへ向かっているか
- 何が正常で何が異常か
それは単なる映像監視ではない。
- 海上輸送船
- 監視ブイ
- 漂流物
- 軌道降下物
それらが誰の管理下にあり、正常な行動なのか、異常接近なのかを、共通認識として扱うための基盤だった。
つまりあの衛星は、「同定」のインフラだった。
そしてその喪失は、一時的に2027年のネットワーク崩壊時と同じ問題を再現した。
- 洋上の対象が誰のものか同定できなくなった
- 許可なく接近する対象の所属が予測できなくなった
- 対処するための判断根拠が曖昧になった
事故後、遺失(※政府発表表記を使用)した衛星の補完が早急に行われたことで、大きな混乱には至らなかったが、本紙編集部には大量の投書が届いた。
その内容は単純な反戦論でも、軍事支持でもない。
むしろ、
「また始まるのか、という怖さがある」
という感覚だった。
特に多かったのは、こうした問いである。
「2027年に地上で起きた事が、今度は空で繰り返されているのではないか」
その問いは正しい。
構造はまさに同じだからである。
- 同定手段が消える
- 同定できない相手への警戒が生まれる
- 警戒が緊張を生む
- 緊張が軍事化を呼ぶ
地上で起きたプロセスが、そのまま軌道へ転写されている。
軌道監視資料によれば、2035年以後、東アジア軌道圏では「識別不明物体」の消失報告が急増している。
しかし興味深いのは、その多くが正式な「戦闘行為」として扱われていない点だ。
各国とも「同定報告」として説明するからである。
ここに非同期時代の恐ろしさがある。
同定行動が、緊張を生む。
私は事故翌週、神戸港で取材している。
驚いたのは、多くの港湾関係者が衛星事故を「遠い宇宙の話」として見ていなかった事だった。
皆、理解していたのである。
「軌道の確認系が切れれば、また港も止まる」
私は取材中に聞いた、ある港湾管理者の言葉が忘れられない。
「衛星が落ちたと聞いて、最初に思ったのは宇宙じゃなかった」
「また荷物が止まる」
彼はそう言った。
2027年を経験した者達にとって、衛星とは空の設備ではない。
港を動かす設備だったのである。
宇宙でも、海でも、地上でも、構造は変わらなかった。
- 宇宙では、識別できない物体へ監視衛星が接近する。
- 海では、船籍判断のできない輸送船へ巡視船が接近する。
- 地上では、照合できない物流を現場判断で動かさなければならない。
場所も、状況も違う。
だが、その全ては「同定を成立させる」ための行動だった。
2027年を経験した世代は、この繋がりを身体で知っている。
確認インフラが死ねば、地上でも海でも宇宙でも、同じ問題が起きる。
そしてその問題への処方箋として、社会は毎回「武装した判断主体」を選んできた。
問題は、武装そのものではない。
同定できない社会が、毎回同じ答えへ辿り着いてしまう事である。
過去がそうであったように、今も。
現在、「平和利用衛星」という言葉に違和感を覚える国民は少ない。
平和を維持するためにも、同定できなければならない。
それが現実だからである。
2027年を経験した世代は、同定が失われれば、再び誰かが武装して判断を引き受ける社会になる事を知っている。
だから衛星事故を、単なる宇宙事故として受け止める事ができなかったのである。
そのサイクルを止める方法を、我々はまだ見つけていない。
だからこそ、この連載を書いている。
本稿執筆にあたり、軌道監視資料、衛星事故記録、東アジア軌道運用資料の提供を受けた。
ここに感謝を記したい。
確認できないなら、待つしかない。
「来る時は来る。来ない時は来ない。それだけです。」
待つ事が、社会の常識に戻った。